訃報、古橋廣之進氏
日本水連名誉会長、古橋廣之進氏が急逝した。享年80歳
「フジヤマのトビウオ」 1949年ロサンゼルスで行われた全米選手権に招待出場した際、400.800.1500の自由形3種目で世界新記録を連発し、全米のメディアから送られた称賛の異名である。
1947年の日本選手権で400m自由形優勝、このときのタイムは当時の世界記録を上回っていた。
翌1948年には大戦後初めてのオリンピックがロンドンで開催されたが、旧敵国ということで未だ国際社会に復帰できていなかった日本は出場を拒否される。もしロンドン大会に出場していたら間違いなく金メダル三つだったろうと思う。
日本は悔しい思いをぶつけるために、オリンピックの水泳競技日程に合わせて日本選手権大会を開催、古橋はオリンピックの決勝の日に、400m、1,500mで世界記録を上回る快挙、勿論ロンドンの金メダリストより速かった。
この記録は日本が国際水泳連盟から名されていたため世界新記録として公認されなかったが、敗戦で打ちひしがれ、夢も希望もなくなっていた国民に、自信を取り戻す一条の光となったことは確かだ。
1949年に日本が国際水泳連盟に復帰、この年に古橋廣之進、橋爪四郎他数名がロスの全米選手権に招待され、自由形3種目で世界新記録を連発し、「The Flying Fish of Fujiyama」と全米、いや世界中が驚嘆した。
トビウオもオリンピックには縁がなかった。1952年のヘルシンキ大会には出場したものの、すでにピークは過ぎていた古橋は400m8位に終る。しかし、国民は皆、力泳した古橋に惜しみない拍手を送り、労をねぎらった。
現役引退後は連盟の役員に就任し、指導者として水泳界の発展に尽力する。現在幾多の逸材を輩出し、世界に競泳日本の名を広めたのも氏の功績によるものが少なくない。
2008年にはスポーツ選手では初の文化勲章を受章した。
世界の水の駿英が集うローマが終焉の地となったのもいかにも氏らしい。
謹んでご冥福をお祈り申し上げる。


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